2018/05/23

全体主義的な組織が持つ危険性


本文の表現の一部が適切ではない引用を与えるかもしれないので、冒頭で考えを表明したいと思います。

大学に属する人間が学生個人の後々の人生にまで影響するような犯罪的行為に関与し、大学が学生を十分に守れなかったという点に強い憤りを感じると同時に、勇気ある学生に救いがあることを本当に心から望んでいます。
この問題は強いチームを作るために経験的知見による一連の行為により引き起された犯罪的行為だと考えています。
現時点で大学側に罪の意識がない事はある意味当然だと思いますが、同時に決して社会的に容認してはいけない行為が含まれていると確信しているため、この記事を残しておきたいと思います。


日大アメフト関連のニュースをみていて、カルト的な性質を持つ組織の危険性を十分に指摘できていないと感じています。


これまでの報道から、ここで指摘したいポイントは以下のとおりです。


  1. 権威者が下位の者に、坊主頭にするよう指示した点 (私生活への関与、上位者の権威付け)
  2. 理由より過度な懲罰として、試合だけでなく練習にも参加させなかった点 (無気力感の付与)
  3. 試合に参加させる条件として、違反行為を持ち掛けた点 (組織への帰属意識の醸成)
  4. 違反をし、罪の意識を感じている当人に、優しいのがいけない、指示した監督の責任である、と罪の意識を感じさせないような言葉をかけている点 (信念の強化)
  5. 記者会見で行為を犯した当人が、自分の弱さであったと自分を責めた点 (無気力感を十分に与えた者が取る行動の典型例)

これらを読んで、スポーツチームではままあることである、本人が判断して実行したのだから本人にも一定の責任がある、と考えることは非常に危険です。


これらの指示は、無意識に日常生活面を含めて立場の弱い若い人間をコントロールし、組織に隷属させようとした行為である、と捉えるべきです。
似たようなことは、程度の差だけで、どのような組織でも発生しています。
しかし、今回はあまりにも酷かったですし、また経験的に行なっているため失敗している点に救いがまだあります。


個々の課題

話しの流れの中で、必須ではない、論理的に考えて懲罰以外のなにものでもない、坊主頭にするよう指示した点は、少し前であれば中学や高校でもあったと思いますが、組織への隷属を進める上での重要な第一歩です。

まず私生活面に指示を出すことは、上位者が権威を強めるために欠かせません。
こういった行為を繰り返すことで、当人から反論したり、反発する気力を奪う効果があります。


客観的に考えて不合理な理由の元で、試合だけでなく練習にも参加させない、という行為は、無気力感を付与する上で、非常に強力な手法です。
暴力行為など部内の風紀を乱した分けでもない者を、練習にも参加させないという事は、有り得ないことです。
おそらく監督・コーチは雰囲気を壊していると考えたのでしょうが、本人が正しいと思ってることを理由を与えずに否定することが、無気力感を付与する上で非常に効果的に働いています。


そして、徹底的に存在価値を否定した人間に対して、試合に出る条件として犯罪的行為を求めることは、取引として正当ではないだけではなく、組織に留まるために他に選択肢がない点からも、カルト組織のトップが、あたかも自発的にメンバーが犯罪行為を犯すように動く構図とほぼ同じです。

ここでは本来、犯罪的行為を犯すことで、当事者が後に引けなくなり、より組織への帰属を求める効果が埋まれるはずでした。
しかし、後の手順を間違えたので、今回は、むしろ組織から離れるという選択をさせてしまった点が社会にとっては幸いでした。


一連のニュースに対するリアクションとして、日本を代表するカルト組織である、ヤクザとの類似点を指摘する声があることは極めて正しいリアクションだと思います。


しかも、最後に罪の意識を強く感じている当人に許しを与えるかのような行為は、まさに成功しなかったことが幸いですが、うまくいっていれば、監督・コーチに隷属する選手(奴隷)が一人増えたことでしょう。
今回の件では、(2)と同様に無気力感を与える効果が出るように、コーチが厳しく言ったため効果が弱く、帰属意識を深めなかったと思われます。


コーチは本来、一緒に泣き、強く共感しながらお前は悪くない、悪いのは監督・コーチだ、というべきだったでしょう。
監督も自分の責任だといっていますが、これも同様に(2)と同じ効果を埋む事になったのが幸いして、この失敗により、事実関係の一方がおおやけになる道筋を作ったと捉えるのが正しい理解だと思っています。


記者会見で当人は自分の弱さが理由であったといっていますが、当人はそれまでの間に一連の行為により判断能力や抵抗する力を奪われている状態でした。
報道では、なんとなく触れられていますが、この点は十分指摘されていないような印象を持っています。


この問題を繰り返さないために

日大アメフト部を一言で象徴するなら、全体主義的な組織だったといえるでしょう。
日本が戦争を犯した反省として、こういった組織の存在を許すことはあり得ないと思うのですが、戦後日本の繁栄は、こういった組織を温存したから達成できた側面もあると思われますので、社会的に一定受容されてきた経緯が今回の悲劇を招いたと考えています。


対象的な関西学院大の対応が望ましく思われている理由は、自由・個人の尊重といった、民主主義的な組織という印象を与えているからだと思われます。


おそらく近い将来に「勝つために必要だった」という言い訳を聞く事になると思われますが、大切なポイントは全体主義的な組織、個人崇拝・個人が持つ権力の絶対化、を許さないという点です。恐怖でコントロールしようとする組織は、これからの社会では必要ないと考えるべきです。


今回の件は、この日本の中で見られるある種の典型例が極端に出た形だと思います。しかし、類型は様々なところで問題を起しているという認識を持って、○○が悪かった、という結論は何の解決策にもならない、一般化しできるだけ広く適用できるあるべき姿を模索しよう、という理解が広がることを期待しています。


最後に、どのような組織であっても帰属意識を高めることは必要で、(特定の個人ではない)組織は何等かの方法でメンバーに影響を与えようとしています。
それ自身が悪いわけではありません。メンバーに対して組織が望まない選択肢を取ることができない状態に導くことが問題で、その組織から離れることを含めて全ての自由がメンバーにあることが望ましく、そこが犯罪的な組織とその他の組織を分けるポイントだという点を強調しておきたいと思います。