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2010/11/25

松島x町山 未公開映画祭: 「ジーザス・キャンプ」をみた感想

関東圏で放送されているアメリカのドキュメンタリー映画を紹介するTOKYO MXの番組で紹介された映画が オンラインでみる事ができるようになったので、英語の勉強を兼ねて何本か観ました。

その中で最初に紹介されている番組で、かつ、強烈な印象を残す「ジーザス・キャンプ」をみた感想をメモしておきます。

宗教に対するスタンスとこの映画を取り上げた動機

ここでは個人的な宗教観を元に何かいうつもりはないのですが、切り離す事もできないので、まとめておきます。

私は自然への畏怖の念とか、他人の信仰に対する敬意は持ちますが、現在の私は無宗教と形容するのが適当だと思います。

かといって宗教と無縁かというと、幼稚園から小学校卒業くらいまでの間は伝統的なプロテスタント系の教会とのかかわりがありました。

穏健な環境で、今回取り上げた映画のように、聖書を絶対視するような事は求められず居心地はよかったのですが、引越しを機会に自然と疎遠になりました。

何かを絶対視したいがために、客観的な事実をねじまげかねないような信仰は私の価値観と両立しません。 その点がこの映画を取り上げた理由だと感じています。

さて、感想のまとめ

この映画をみて「嗜癖」、「共依存」という言葉が頭をよぎりました。

嗜癖、共依存の一つの考え方

A・W・シェフの著書「嗜癖する社会」の監訳者まえがきの中で斎藤学さんは、シェフが定義した3つのシステムを次のように簡単にまとめています。

  • 白人男性システム - 「…自分や他人をコントロールするパワーを基本とし、そこから生じる力の階層の存在を信じるシステム」
  • 反応性女性システム -「白人男性システムに奉仕しようとする共依存的態度が生まれてくる。」、あるいは、「自分自身の能力を高めて弱者のレッテルを隠し、白人男性システムのメンバーになりおおせようとする」システム
  • 第三のシステム - この2つから独立した「価値観やルールにとらわれず、自分の性や資質に忠実に生きようとする人々の作る関係」から成るシステム

ポイントは私たちの生きるこの社会が「自分や他人をコントロールするパワーを基本とし」ていると規定する部分です。

映画を宗教とは違う角度からみてみる

神という絶対的存在には無限のパワーがあると考えれば、その無限のパワーを元手に、自分にも転嫁しようとする欲求は、ごくごく自然に思えます。 無限のパワーがあるなら使わなきゃ損でしょう、そんな感じです。

また神の言葉を語る事で、本来の脆弱な自分を覆い隠すことができます。 自分自身のパワー不足を補い、他人にパワーを行使することが可能な存在になるわけです。

映画の中では説教をする時の自分を、自分であって自分ではない存在と認識しています。

子供たちも大人たちも、パワーを指向するシステムの中で信仰を強化するインセンティブを持っている、そういう存在にみえました。

彼らが第三のシステムに存在していれば良いのですが、このシステムはシェフによって前述の定義に加えて「多様で変化し、オープンなシステムの輪の中でとらえられ」るものとされています。 彼らは何かには忠実ですが、それは「自分の性や資質」ではなく、第三のシステムに当てはめることには無理があります。

教条主義的な環境で子供が育つとどうなるんだろう

私は特定の強固な信念を持って疑う事を良しとしない教条主義的な環境で子供が育つ事で、特に思春期の迷いや葛藤を乗り越えるのではなく、迂回してしまい精神的に成長できずに大人になる可能性を心配しています。

いたずらに常に自己を肯定させ、葛藤する事を避ける人達もまた第三のシステムに入れるには、柔軟性が欠けていると思っていますが、いまは映画に出てきた人達を考えます。

この映画に出てくる大人たちをみていると、子供を思いどおりに動かしながらも、適当に楽しんでいるようなので、あまり心配はなさそうです。

しかし、その高みにまで到達できない、この映画には出てこない、素直が故に脱落していく子供たちがいるように思えてなりません。

この固定化した観念の中で折り合いをつけていくには常に正当化や全肯定など、ごまかす事が必要になるでしょう。

信仰によって人間の弱い部分を強化してくれるのは、多くの宗教に共通した側面だとは思います。 しかし映画に出てくる人達は自分自身の前に他人を屈服させる、あるいは王になる瞬間(あるいは王の列席に引き上げられること)を待ち望んでいるようにしかみえないのは私だけでしょうか。

あと気になったところは…

自分の欲求を満したいがために、やたら言葉の前に「イェスの御名によって」とつけているのは目立つところです。

自己の力を誇示したいだけなんじゃないかなって感じるんですよね。

でもそう思うのは、きっと過去の自分の影をいくらかそこにみているんでしょう。

嗜癖しない人などいないし、他人に影響力を持たずにいられるわけもありません。 これは程度(バランス)と、現状を変えていけるFreeな状態にあるかどうかの問題です。

若い人たちには一貫した力強さは魅力的かもしれない。 私みたいにいう人間を一貫性のない頼りないものと思うのかもしれません。

けれど柔軟に自分を変えていく力を一番持っている世代が、自分と異なる考えを、自分の信念だけを根拠に否定している様はみていて嫌な気分になりました。

穏やかなルールと多様性が繁栄につながる、これは私の信念で説明することは困難ですが、悪くないと思っています。

この記事で取り上げた品々

2009/12/21

誰かの作業内容をモニターするというアイデア

ImpressのGAME Watchの記事の中で SEGAのクローンモニタリングという教育手法について紹介されていました。

これはSEGAがSIGGRAPH ASIA 2009で行なったセッションの中でアートスタッフの新人教育の方法について説明していたもので、メインモニタの出力をスプリットして新人と先輩社員のセカンダリモニタに互いに表示させるという手法です。

原始的な手法ですが、概ね実施当初の成果は良いようです。 慣れてしまうと画面をみないという欠点にも言及されていましたが、新人が熟練者の仕事内容をみることができるというのは良いでしょうね。

自分の中に作っていく成長モデル

私はゲーム業界とは関係ないところで働いていましたが、 一定レベルの技術的スキルが必要とされる現場では、 新人を含めて社員のスキル向上に外部から働きかける事は難しいと感じていました。

若い間は目の前の仕事を片付けるだけで精一杯かもしれませんが、 そこに自分なりの工夫を入れていけると楽しくなると思います。

私は他の人からみてつまらないと思われているような仕事をするときは、 新しいプログラミング言語を使うとか、データ処理用のツールを作るとか、何か1つ自分なりに新しい事を組み込むようにしていました。 「○×縛り」みたいに自分に制約を付けると楽しくはないけれど、辛さは少しだけ軽くなります。 そんな様子は他の人にみえても良かったのかもしれません。

SEやプログラマーの教育には、そのままだと使えないかなとは思いましたが、 何事も新鮮にみえる新人の間に仕事の様子を互いに見えるようにするのは良いアイデアですね。

2009/11/30

News Corp.がGoogle検索を拒否へ−Microsoft「Bing」と提携の動き - Enterprise Watch
- Reference: http://enterprise.watch.impress.co.jp/docs/series/infostand/20091130_332341.html

News Corp.がGoogle検索を拒否へ−Microsoft「Bing」と提携の動き - Enterprise Watch

なんだかGoogleニュースやらGoogleのキャッシュに記事を掲載されている新聞社が掲載拒否を申し立てようとしている模様です。

まぁ好きにすれば良いんだと思います。 Googleニュースの記事一覧は全文を載せていないし、読みたければクリックしてその記事に飛びますからね。

大手の新聞社が撤退すれば、Googleが記事を集めるために地方の独自性を持っているけれども小さい新聞社まで手を広げるかもしれないし、 その方がインターネットらしくて良いなぁ…。

2009/11/27

スパコンの仕分けにおける議論について

いまさらな感じもしますが、理化学研究所が神戸に建設しているスーパーコンピュータ(スパコン)に対して、来年度の予算計上をどのようにするか仕分けの議論としていろいろな意見がニュースに載っています。

そもそもスパコンの議論に限らず国家の予算を使う以上は、一定の成果の見込みや波及効果についての最低限のアセスメントや事業者に対してコミットメントを求める事はしなければいけない事だと思っています。

それが純粋に学術的な目的だとしても、そういうものだと皆が認識して進めていれば良いのだと思います。

今回の騒動で良かったこと

なにげに理化学研究所のハードルは上がっていると思います。 話題に上がったことで、スパコン作って終りみたいな事では済まされなくて、成果を求められているとプレッシャーを与えたでしょう。そうであって欲しいです。

ただNECの撤退とか、新規のインターコネクトと純粋なスカラ型スパコンで10PFLOPSを目指すように見えているとか、心配な点があります。

政府の姿勢を批判する事は簡単ですが、なぜ必要なのか、それが科学立国の面子を保つだけというのなら必要ないでしょう。 偉い人を出してきた方がマスコミも喜ぶんだろうけれど、「必要」というだけなら必要なくて、現場の人達はもっと語れると思うのですよ。 一連の騒動は、現場に重〜いプレッシャーを与えただろうし、この機会に上から下まで意識を合せて頑張って欲しいと思います。

今回は官僚もプロジェクトの必要性について、ちゃんと理解しているのか疑問でしたが、そういうことを語る必要ができたというのは、とても良い事だったといえるでしょう。 まぁ公開裁判にならないようなルール作りは必要ですが、透明性を高める事でプレッシャーを与えて、なおかつ、より高い投資対効果を生み出す事ができるはずです。

スパコンに求められるものとは

確かにスパコンを作る事自体が一つの重要な事業ではありますが、日本が目指す1位という判断基準もいろいろあります。

TOP500に載る事で一定の評価を得る事もできますが、実世界の問題を解決する高い実性能を叩き出す事も必要です。 地球シミュレーターはTOP500に載るためのベンチマーク性能では順位を落していますが、実計算では高い効率が売りの一つでもあります。 [ 地球シミュレーター 性能 ]

電力消費が尋常じゃないという指摘も地球シミュレーターにはありますが、 世界に誇る成果を挙げてきた事も事実ですし、それが世界1位だったという事実よりも重視するべき事ではないでしょうか。

何のためにスパコンを作るのか、スパコン自体が目的であればそれは一定の批判を受けてしかるべきと思います。

日本が核兵器開発をするなら、効率なんか無視してスカラ型のスパコンを作れば良いと思います。 きっといろいろな会社が買ってくれるでしょう。 流体系のモデルを使うなら、たぶんベクタ型スパコンを極める道が良いでしょう。

両方のタイプのスパコンを作るという話しならすっきりしますが、理化学研究所のスパコンはそもそもNECが撤退したことで、ベクタ型プロセッサを搭載するはずだった計画の変更を余儀無くされています。

NECの撤退で求めるスパコンを作れるのか

ある程度はスパコンを作る際に実世界に存在するどのような問題を解こうとしているのか、その効果がどの程度か考慮してしかるべきでしょう。

そこそこの問題を解くだけであれば、そこそこの性能を持つスパコンを複数作る方が経済的です。 一定の性能を持つスパコンを発注する企業に対する補助なんてのも考えられる案ではあります。

理化学研究所は次世代スパコンプロジェクトの説明の中で、いろいろな情報を公開していますが、その説明文の中の画像イメージがつぶれたままで判読不能だったり、やる気あるのかなぁという雰囲気を醸し出しています。 たぶん良く取って、売り込みが苦手なんですよね、きっと。

21個挙げられているターゲットアプリケーションをみると、現状で地球シミュレータやNEC SX-6で数〜数十GFLOPSの実効性能を出しているアプリケーションをずっと高いレベルに引き上げようとしている事がわかります。

こういった問題を解くために必要だと、それが出来て実世界にどのようなインパクトを与えるのか、そういう点で議論をして欲しいと思います。 学術的な成果だけでも良いと思うんですよ。それはそれで必要でしょ?って。

2009/10/29

ガイアの夜明け「百貨店・スーパーの大転換」をみて

最近はデパートの業態でも格安商品を充実させているという特集をしていました。

たぶん、その中でのデパートの企画担当者が言っていた「消費者には"ショッピングセンター"、"駅ビル"などが探索ルートに入っているが"デパート"は、そうではない。」という旨のコメントが現状を端的に表現しているのだと思います。

消費者は価格だけでモノを選ぶのか

デパートは高級品、安心感というイメージを売りにしてきたけれど、いまは値段が安くても実際に触れてみて問題がなければ買うという状況なのは間違いないでしょう。

だから、デパートも低価格品を提供しなければいけない、という事なのだと思います。

消費者はモノの価値に敏感になっているから、適正な価格は間違いなく必要です。 けれど、「適正な価格」にはデパートに本来あったイメージも含まれているはずで、消費者が価格にだけ反応するという前提が成り立たないと、現状を説明する事はできないと感じました。

Publish/subscribe型で消費者の行動を考えてみる

「なんでかな~」とか考えつつ、ふと消費者がいま受けとるメッセージに注目してみようと思いました。

消費者は勝手に行動するのでメディエーションの余地はないから、イベント駆動型でも良かったのかな。まぁメッセージ配送の経路はメディアだったり口コミだったりするわけで整備されていないという意味では、メッセージ指向な捉え方が正解なのかなぁ。

「低価格」というメッセージを受け取った消費者はポジティブなアクションを起します。 そしてデパートが消費者のポジティブなアクションに繋がるメッセージを発信しているかというと、たぶんない。きっとない。

で、無理に送った「低価格」のメッセージが消費者の意図しないアクションを引き起して、現場が混乱しているようにみえます。

デパートのメッセージング戦略

デパートが発信している「高級品」、「安心感」というメッセージは暗黙のうちに「高価格」という風に変換されて消費者はネガティブなアクションに反映させていると思います。

いまどきデパートの適正な価格は当たり前なので、こんなメッセージで消費者がポジティブなアクションを起す事はありません。安すぎるものがあれば買うでしょうけれど、それしか買わないでしょう。 なぜなら普通はスーパーをハシゴしてそういう購買パターンを持っているから。

デパートの優位性

でもね、デパートは商社と一緒に商品開発してみたりとか、品質チェックの体制とか、不具合がわかった場合のレベルの高い対応とか違いがあるはずなのですよ。

その重要なポイントが消費者にメッセージとして伝わっていないと思います。具体的に「高級品」、「安心感」の内容を説明してこなかった、これまでの日本的な言わずとも伝わるはずという態度で、価値をメッセージにして発信しない限り消費者にポジティブなアクションを引き起す事はないでしょう。

いまは具体的にどんなサービスがあるのか分からない状態で、デパートのアフターサービスなんて都市伝説なんじゃないかな。 実際に量販店と同じものを売って、フォローできない商品も多いでしょうし。

でも商品開発をした担当者がデパートで、その狙いをわざわざプレゼンするとか、ブランドに込めた思いを自分の言葉で語るとか、デパートの価値を説明するメッセージを具体化して発信しなければ、どこも一昔前のイトーヨーカドー的なものになるでしょう。

デパートのECサイトはスーパーと同じ

デパートのWebサイトの内容は普通のショッピングサイトですよね。 その商品がどうやって作られたか、とかそういう説明は見たことがないし、必要だとも思ってないのかなぁ。 商品を並べて好きなものを選んでもらうだけなら、いまどきスーパーでも出来るっていう。

それとも、それは有名な商品で分かる人が買っていくのか…。 いや、それなら楽天の専門店で買って行くでしょう。

どんな人がかかわって商品が出来るのかとか、でっかいスケールの話しの最後にさりげなく商品が置かれているとか、ブランドイメージが大切なら、そのイメージを具体化する作りにした方がいいんじゃないかなぁ。w3mとかCSSをオフにしたら、スーパーと違いがわかりませんからね。

結局、見た目が重視されすぎて、コンテンツの持つ本質的なメッセージへの説明がなさ過ぎなんだと思います。 スーパー的なコンテンツの構成の中に自身を当てはめてしまったら、価格で比較されるのは自明な気がします。

Amazonだって希少性の高いものが、そこそこの値段であって、かつ便利だから売れるんであって、楽天でも変えるなら、いつ届くかも書いてないデパートのECサイトなんて見向きもされないでしょう。

消費行動の多様化の意味

デパートが多様なメッセージを発信すれば、それを自分のスタイルに合うと判断した消費者がデパートにやってくると思います。

なぜ高級なのか、なぜ安心なのか説明することで、よりひっかかりが強くなるんじゃないでしょうか。

メッセージを増やせば良いとはいってもデパートが本業に関係のないメッセージを捏造したら、すぐにバレるでしょうね。 本業の強みを活かす方法を考えていないデパートの現状には、あまり明るい未来がないかもしれません。 バフェットさんも本業に集中しろっていっていますし。

さいごに

子供の頃は北陸地域中心にある大和というデパートに、 (子供からすれば)大きな回転するタワーに並ぶお菓子の量り売りがあったり、雰囲気が明かに違って行くのが楽しみでした。長崎屋もあったけれど普通のでっかいスーパーみたいな印象で、わくわくしなかったなぁ。似てるはずなんですけどね。

いままでなかったのかもしれないけれど、デパートにしかない価値観は必ずあって、そこにフォーカスする事はできると思います。

けれど、それを「わかってくださる方だけにお売りします」という態度のままでいるのは、あまりにもおごっているし、「わからない方には必要とされる安いだけのものを提供します」というのも本業をおそろかにしているといわざるを得ません。

安いものに価値を与えつつ、そこそこの値段で売る事は難しいのかなぁ…。

集客のためにユニクロを抱えても、取れたボタン付けるとか、ほつれたところを縫い直してみるとか、特別な生地使ってみるとか、何か特別なサービスをさせて、デパートに置く意味を与える必要はあるんだと思います。 いまの時代に合せて体制を変化させて、本業の本質は何か、語れるデパートが残っていくんでしょうね。 残ってくれないとスーパーだけになるのは寂しい気がします。

2009/09/11

「消費者ホットライン」は必要なのかな。

何かお金がからむ時のよろず相談窓口になっている国民生活センターのメールマガジンは、 いろいろなリコール情報などがメールで受信できて、とても便利、というよりおもしろいです。

今日は普段とちょっと違う「中央省庁からのお知らせ」という項目が掲載されていました。 全てのお知らせは消費者庁を経由するはずだから、窓口は「消費者庁からのお知らせ」で良いはずじゃないかな。 責任は取りたくないという意識の表れでしょうか。

それはそうと福島県も対象に9/14から郵便番号をキーに近くの国民生活センターなどの相談窓口に転送してくれるサービスが開始されたそうです。このホットラインの番号は"0570-064-370"。

まとめ

根本的に相談してもらう機会を増やしたいのに、その解決策が転送電話を開設することって誰が考えたんだろう。語呂の悪い番号まで使ってチャネルを増やす必要はなくて、はっきりいってタウンページにまとまっている情報だけで十分です。

そもそも相談窓口があるって事を知らない人にどうやって知らせるかが問題なのに…。

学校でもちょっとは触れられてきたんでしょうけれど、いまは情報は溢れていて自分から取らないといけないんですよね。 小学校あたりの教育がどうなっているのか、ちょっと不安です。

ここからはナビダイヤルについて

なぜか普及しているナビダイヤル。ホットライン案内のPDFファイルの最後には「PHS, IP電話、ひかり電話の一部」は使えない旨の正し書きがあります。ひかり電話は使えるはずだけど、NTT東西以外のひかり電話が存在するのか…。

このホットラインの趣旨はトラブルに遭遇しているのにセンターに連絡をしなかったケースが、被害者の3割になるという状況を改善するためのもので、便利にならなきゃ意味がありません。

ナビダイヤルは通信の制御もできたり、供給する側にはいろいろ利点はあるんだろうけれど、使う側からすれば使えない全国一律番号。たかだか高機能転送電話なのに供給する側の都合を優先して総務省が提供条件の設定をサボったんじゃなかろうか。

だいたい利用者が料金を負担するのに、事実上一社しか提供していない機能を使うなんて、NTTコミュニケーションズへの利益誘導じゃないか。

基本的に全キャリアが"0570"で始まる番号に対応したゲートウェイを準備すれば、どこも空いている番号を売れるようになって競争が働くでしょう。結局はバックエンドにNTTのIP網を使うしかないとか、いろいろあるだろうけれど、使う側にとっては便利なものになるんじゃなかろうか。

2009/09/06

録画したNHKの海外ドキュメンタリー「King Corn」をみる

NHKが世界の食をテーマに9月第一週の深夜にドキュメンタリー番組を放映していました。 Wooo用に値下がりした320GB iVDR-S HDDを増設したので、調子に乗って全部録画してしまいました。

テレビ内蔵HDDレコーダーは便利なんですが、見るのが大変なんですよね…。

さてさて、"Pig Business"とかおもしろいものがいくつかありましたが、これは"http://www.pigbusiness.co.uk/"を見た方が早いと思います。 今回は"King Corn"の感想です。

このドキュメンタリーから、アメリカで大規模トウモロコシ農場を運営している農家の考えや、トウモロコシの用途について知る事ができます。まぁ感想は一面的なものですから、それ以外の考えを持っている人もいるはずですが、描かれた真実については興味深いものがあります。

日本の農業について生きる道は大規模化である事は、選挙の前から農業政策についての議論の中で良く言及されています。 大規模化というとアメリカのような形態なのかなぁと漠然と捉えていましたが、今回みた番組はいくつかの点で興味深かったです。

  • アイオワ州で生産される多くのトウモロコシが品種改良され、0.4ヘクタール当りの収量が5トンである事 (タイの米は同面積で2.5トン程度とのこと)
  • 品種改良されたトウモロコシは、加工が必要でそのままでは食べられない事
  • トウモロコシを加工したコーンシロップが作られ、多くの食品に砂糖の代用にされている事
  • 70年代に減反を止め、生産拡大に補助金を支給するよう政策が変更された事
  • ある一農家の感想として、トウモロコシを食料とは捉えておらず、換金のために作るものと考えている事
  • 食肉市場に出す牛はトウモロコシを主食として育てられるが、本来は牛のエサではなく、長期間トウモロコシだけで育てると胃に潰瘍ができてしまう事
  • トウモロコシで育てられた牛肉には脂肪が多く含まれ、自然に放牧された牛と比較して飽和脂肪が7倍程度の9g含まれている事

2008年の石油危機ではバイオエタノールに転用されるトウモロコシに焦点があてられた番組がありましたが、また別の観点から作られた番組もおもしろいものです。

日本も近く減反政策は転換されるでしょうけれど、その先に何があるのか少し心配になりました。 食糧問題全般について市場に任せるというアイデアが良く使われます。 そのすべて悪いとはいいませんが、その結果として淘汰される存在があるという事を忘れてはいけないと思います。

2009/08/09

有名人が覚せい剤で逃げ回って何の特があるのか…

なんだかんだいって無事に身柄が確保できたようで一安心でした。 彼女を活かしてお金を取りたい人も、口を封じたい人もいたでしょうから。 でも何で逃げたんでしょうね…。

ふつうは初犯なら覚せい剤の使用・所持を認めても執行猶予が付くでしょう。 人気商売だから素直に認めて謝って、情状酌量を求めるのが最も良い手段だと思います。

どうして出頭しなかったのか。ショックのあまり判断を誤った可能性はありますが、 逃したい or 巻き込まれたくない人達が情報を与えてこんな事になったように見えます。

尿検査から逃がれるための逃避行という分析が主流ですが、 髪の毛からの検出は頻度や他の要因に依存するとしてもある程度は可能に思えるし、 なによりも逃げた事実は最大限の拘留を引き起して、保釈の可能性を奪うでしょう。

まぁ自宅から何も見つからなければ逮捕・拘留の可能性はなかったかもしれませんが、 最初から後で出頭する旨を警官に告げていたようですし、検査は避けられませんでした。 毛髪からの反応や状況証拠が揃えば逃げた事を理由に拘留されるでしょうし、 そうでなくても今後の芸能活動や日常生活は逃げていた事がマイナスに作用するでしょう。

どうしてこんな事になったんでしょうね。 アメリカでは無実でなくとも無罪になれば良いという考えがあるようですが、ここは日本ですし、 こんなのは割に合わないと世間にしらしめて欲しいところです。

各所のブログを読んで気になった事

だいたい覚せい剤で良く言われるのが「痩せる」というか「やつれる」点ですが、 初期には食欲が増進して食べ続けるというケースもあると言われています。 まぁ最終的にはGoogleで"crystal meth"をキーワードに画像検索して出てくるような状態になるようですが、どうみても「痩せて」という表現は間違っていると思います。

また男性より女性の方が扱いが軽いとか、そういう投稿をみますが、一般的に最初に覚せい剤に関わるのは男性から女性に強要されるといった、断われないような状況であった事が配慮されているものと思われます。

今回はどういう経緯によるものかわかりませんが、逃げてしまっては情状の余地はないでしょう。

結局のところは…

子供は親を選べませんし、今回の件で母親と同様に親戚の家を転々とする幼少期を過す事になるとしたら悲しい事です。

同じ罪を背負うとしても、逃げ回ったという事を子供にどう説明するんでしょうね。 結局は自分のことを優先したとみえるし、覚せい剤がこういう判断をさせたとしたら本当に恐しく思います。

2009/07/20

「霞が関・自治体クラウド」に約200億円の補正予算、実現の可能性は? - 記者の眼:ITpro
- Reference: http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20090507/329559/?ST=govtech&P=2

ITproの記事をみてみると霞が関のバックオフィス業務のクラウド化と、地方自治体業務のクラウド化の2つの内の地方自治体の方が日経新聞の一面にでていたものらしい。「霞が関・自治体クラウド」に約200億円の補正予算、実現の可能性は? - 記者の眼:ITpro

地方自治体の業務アプリをクラウド化すると聞いて、 自治体全体で石川県がやったような既存のソフトウェアの共有化するのか、 salesforceようなカスタマイズ可能なソフトウェアファームの共有化をするのか、 どっちにしても難しいんじゃないかなぁと思いました。 よくあるレベルの「アプリの事は各SIerの人よろしく」なクラウド環境が提供される事を心配しています。

ただ元ネタの「ICTビジョン懇談会 中間取りまとめ」では、社会を強力にバックアップするエコシステムを作るのだと、その目的や理念は明確です。これを経済的な利益を目的として参画する方々が理解し、共通の目標にする事ができればすばらしい結果を得る事ができるだろうと思います。

ただ、それなりの規模のサーバーファームの運用に携っていた経験からすれば、心配になるのはもっと現場に近いところのことです。 クラウド環境を作るとはいっても、現在のよくあるクラウドなサーバー環境では迅速なインフラの提供とバルクでのバックアップといった管理が行なわれているだけで、アプリレベルでの運用コストを分散する事は行なわれていません。 アプリ固有の事柄は各利用者が設計や実装のコストを負担しているのが実情です。 今回のようなクラウドを利用する各都道府県レベルではトータルでの開発・運用費を削減するため、アプリレベルでの機能要件、非機能要件の双方を統一する強力なガバナンスを導入する必要があるでしょう。

一般的にはSIerが構築したアプリをマニュアルとセットで運用組織に引き渡す事が小規模な開発案件や 社内業務アプリの開発では行なわれていると思います。 これを繰り返してアプリが1000ぐらいになったと想像すると、1000セットのマニュアルを暗記する事はできず、前提とする監視系であったり年数回のリストアテストに耐えるための手順の前提なり、共通化するべきところができてきます。 大規模かつ長期間の運用を想定するなら、あらかじめ、こういった部分のルールを共通化しなくてはいけません。

まぁサーバー環境はクラウドといっているのですから、かなり制約の強いロバストなサーバー環境が提供されるとしましょう。 魔法(麻薬?)を使って任意の数のサーバーインスタンスを任意の時点の状態にバックアップから戻せば良いと考えられれば楽になります。(もちろん「魔法」は「考えられれば」に係ります) しかしまだまだ考慮するべき点はあるはずです。

集約が持たらす寡占化と競争の沈静化

アプリなのかサーバー環境なのかわかりませんが、今回は都道府県単位での集約化が想定されているとあります。 いろいろあって最終的に都道府県単位でアプリレベルでの共通化が成功したとすると、各市町村が同一のシステムを利用した場合に得られるメリットは何でしょう。 期待されている事は、集約化に伴なう業務効率の達成とコストの削減と考えるべきではないでしょうか。 コストの観点から無駄を省きたいと考えるのが自然と思われます。

それと同時に都道府県のトップがシステムのアーキテクチャを掌握する事となります。 都道府県トップを「公家」、実力部隊であるベンダーを「武家」とすれば、 それまでの市町村毎ベンダーによる群雄割拠の時代は終わり、 事実上いくつかの有力なベンダーによる支配が始まる事になるでしょう。 戦争の時代は終わりを告げることとなり、「よりよいアプリ」=「現在あるアプリ」となり、 さらに良いものを提供しようとする競争もまた終わりを告げます。

データフォーマットの共通化

競争を生み出すためには囲い込まれないようにする工夫が必要になります。 それはいろいろ考えられますが、アプリレベルで考えるとデータに対するアクセス権を確保する事。 これによって共通の土台(データアクセス)の上に複数のアプリを構築する可能性が開けます。

考え方自体はSOAなんですけれど、”SOA=Webサービス”な変な理解が進んでしまうと、目的と手段が入れ替わってしまうんですよね。確かにWebサービスは環境や実装に対してニュートラルでラッパーとしてうまく動くと思うんですが、まぁ目的が達成できれば手段は何でも良いでしょう。

新規サービスの創出

集約化の範囲はまったくわからないんですけどね。 都道府県単位でアプリを共通化しても、固有のサービスを提供したいという自治体がでてきてもおかしくありません。 データがクラウドの中にあるのであれば自治体は手足を縛られたと思うような気がします。

ある程度の柔軟性は大切で、これがキーになるかもしれません。 いまよくあるSaaSタイプのアプリケーションを提供する環境でも、都道府県全体といった規模で稼働するアプリのデータを利用して追加で市町村といった特定のクライアントにサービスを提供するのは微妙かもしれません。

まとめらしきもの

結局のところ既存のクラウド環境はアプリ開発者、利用者を適当なところで切り捨てることでビジネスモデルを構築しているような気がします。 規模の大きな現状のレベルのクラウドを政府が提供するだけでは意味がないというか、 身内にアプリ開発・提供者を抱えてしまうので、運用に対する無限の要求に答える圧力に負けないでしょうか。

ロールプレイをちゃんとやって役割分担や想定されるシナリオを準備しないと、民間部門でうまく動いているようにみえる仕組みがパワーゲームの末に成立していたりするかもしれません。 ちゃんとカスタマイズできれば大丈夫だと思うんですけど、ベンダーに投げてしまってはどうにもならないでしょうね。

ICTビジョン懇談会の報告書の内容は、取り上げられた部分以外にもいろいろ全体の方向性を示すものとしては良いと思うんですよね。絵に描いた餅にならなければ良いのですが。

2009/07/17

全国調査「日本人の国民性」について

Infoseek内の読売onlineのニュース記事で、大学共同利用機関「統計数理研究所」が「日本人の国民性」というタイトルで調査を行なった結果を発表(http://www.ism.ac.jp/kokuminsei/index.html)したことを知りました。 その記事の中で気になったのは、「『あの世』を信じるか」という問いに対して1958年から2倍近くに増えた、という部分。

その段落は「一番大切なものは?→家族」といった回答が並び、記者が気になった回答をざっとまとめたようなものでした。けれども、この部分が唐突に見えて、気になったので一次情報を確認してみる事にしました。

キーワード

研究所ではレポートをとても見やすく公開していて、1953年以降5年毎に全国的な社会調査を行なっている事や、調査の目的などが明記されています。ただレポートを読むためにはいくつか調査方法や固有の単語について知っておく必要があります。

  • まず数字はパーセントで全回答数は丸括弧内に書かれています (【集計表の見方】http://www.ism.ac.jp/kokuminsei/table/data/html/howto.html)
  • "D.K."という項目は"Don't Know"の略で、調査員の質問を繰り返し聞いても質問自体が理解されなかった事を示しています (Q&A http://www.ism.ac.jp/kokuminsei/qanda.html)
  • "その他"は回答があったものの、用意されたものではなかった場合とされています (同上)

気になったあの記事

気になった「あの世を信じるか」という質問は大枠で「宗教」に分類されている質問の一つで、1958年以降一度も調査されていないもののなぜか2008年に復活した項目でした。全体的な宗教を信じるかどうかという割合に大きな変化はないようでしたが、あの世なるものを信じないと回答した割合は確実に減少し、その分「信じる」「どちらとも」が増加したようです。結論は信じる人が増えたというよりも、信じないと回答する人が減少したが正しいのではないでしょうか。

さらには「あの世を信じる」「宗教心は大切」などと回答した割合が、「宗教を信じる」人の割合を越えている点もおもしろいですね。同じ「宗教」には2008年では項目から消えた「首相の伊勢参り」についての質問もあり、これが1953年から2003年まで調査され続けていた事が興味深かったです。

この他の項目では小さい頃から子供にお金が一番大切なものと教える事の是非について、1953年で65%の人が賛成と回答しているところに吹き出しそうになりました。大事ですけどね、一番じゃないでしょうと。仕事とお金では、お金があっても働かないとつまらないと回答している人の割合はそれほど大きく変化していないようです。子供に対する気持ちに変化がでているのでしょうか。

広範囲なフィールドワークなので、質問項目について、なぜこれを聞くかな、と思うものもないではありませんでしたが、これだけのボリュームがあるとなかなか楽しめます。 ページ遷移を繰り返していくと途中から「首相の伊勢参り」などの2008年度から消えた項目が選択不可になったりしましたが、調査結果のトップページからは全項目にアクセスできるようです。

内容は良いのですが、リンクは自由に張れないようです

この分析結果をニュースにしているサイトは多いのですが、リンクを張っていないものが多いようです。これは各ニュースサイトの運営ポリシーによるものと思われます。

しかしblogに感想を書いて参照して欲しい資料にリンクを張ろうとしても、利用条件が邪魔をしているようですね。「リンクは自由に〜構いません」とある「自由」は続く条件を受けいれる事で無料になるという程度の意味でしかないようです。

各情報へのリンクは「自由」にできずに、さらにメールで連絡を強制させるというのは、この手の公的機関では良くみたりするのですが、私の感覚ではこれは「自由」ではありません。

本来は尊重して欲しいと訴えるべきサイトの運営ポリシーを利用条件に持ってきているのだと思います。 もちろん、それをどう表現するかは「自由」なのですが…。この場合の「自由」はもちろん無料という意味ではありません。

将来に渡ってリンク先が存在する事は保証できないし、情報へのアクセスを維持するために保証できる範囲を明らかにしたいという意図であれば理解はできます。 また一部を転載するなどとなれば著作権を守るために事前に連絡をお願いするといった事は当然だと思います。

しかし、それは御互いの協力がなければ維持できない事ですから、例えばポリシーを尊重した利用をお願いしたいといった文言で情報を利用するなら適切に運用するよう協力してという事を表現するべきだと思います。また適切にリンクが維持されるようにする責任は利用者側にあるという事を明記する事も当然あるべきだと思います。

何かあった時の責任の回避にすらならないこういう文言は誰が考えて普及させるんでしょうね。 詐欺的サイトが「悪徳商法?マニアックス.net」あたりを脅すための手段として準備しておくのならよくわかるんですけれど。 学術機関が公開された情報へのアクセスを制限するなんて、合理的と思われる理由がなければ悪い冗談でしかありません。

情報公開元がリンク先を制限する事がいかにナンセンスかは既に多くの指摘がなされています。 それと同時に小学校等の教育機関でプライバシーの保護と情報公開の板挟みにあった末、(力を持たないものの心の叫びと思えるほどに)無力かつ極端なポリシーを掲げている場合もあります。根の深い問題なので興味のある方は調べてみてください。

各ページにリンクに使って欲しいURLを記述して、そこにアクセスすると"○×が提供しています"とか、"御利用にあたって"などのメッセージと"次へ進む”ぐらいのボタンが出てくる仕組みがあるべきで、情報を意図した通りに使ってもらうための準備をするべきだと思います。 確立された標準的な方法も、そのための準備をする管理者の余裕もないのだと十分理解できるんですけれどね。現状はあるべき姿からとても乖離していると思います。

2009/05/08

日本初のDNA鑑定結果にケチが付いたのか?

科学捜査というと決定的な事実をみせてくれるものとして、かっこ良く取り上げられる事が多いと思います。
個人的にも誤差はあるものの、高く安定した精度で一定の事実を明かにする事ができるものだと思っています。
それも高い精度が実証されている事が必要なのですけれどね。

日本初のDNA鑑定が証拠として採用された足利事件に関連して、信頼が揺らいでいるように思えます。
「科学は万能じゃない」、とかいう当たり前な事を結論として口に出してしまう思考停止な状態にならないようにしたいものです。
なぜこういう結果になったのか、その過程を検証する事が大事ではないでしょうか。

さてさてDNA鑑定自体は常にレベルアップを続けていて、90年代の技術は古すぎるという点がクローズアップされているような印象も受けます。でも技術だけの問題だったのかなぁ。精度に問題はあってもそれなりに裏付けはあったのだと思うのですよね。
報道によっては、DNA鑑定の結果に問題があった可能性と、そもそものサンプルが容疑者のものではなかったという可能性、それに捜査員などの汗が着いた可能性があったのだと指摘しています。
そもそも最初の地裁判決を報道する時にこれくらいの可能性を挙げていたら格好よかったのにね。 そういう記者もいたかもしれないけれど…。

閑話休題、捜査員や関係する職員たちのDNAがデータベースに登録されていないのか疑問なのですが、 警察庁科学警察研究所が身内の警察官から偽物のサンプルを渡されていた可能性もあるという事です。
こわい話しだなぁ。科警研の中の人がかわいそうな感じもする。
というか、かわいそうと思われて当然なくらいのショックを受けていて欲しいのだけれど…。

ただ、これよりも気になったのは容疑者のIQがかなり低いという点が明らかになってしまっている事です。
このレベルだと日常生活に不自由しない程度の認知・判断はできますが、人を疑うのは苦手なので詐欺のターゲットにされやすいところです。
暗示自体は想像力や認知度が高い方が効き易いわけで、納得させる事は少し難しいかもしれませんが、恐怖心をテコに使えば自白させる事は簡単なんじゃないでしょうかねぇ。
ひょっとすると捜査員も科警研の結論を信じて強引に捜査を進めたのかもしれません。
いずれにしても中の人たちにはショックな事でしょうね。

詐欺だって自白だって、相手の望んでいるように動くという点では同じですからねぇ。
無邪気なのか、むしろ本能的に空気を読み過ぎたかのかもしれません。こっちの方がこわいよなぁ…。

でも一番怖いのは犯人がやはり現在収監されている方なのかどうか確信が持てなくなっているという事でしょうか。
足利市近隣で似たような誘拐事件が起ったという報道もありましたしね…。 何かしらの結論は改めて出す必要があるのでしょう。

2009/03/30

高橋洋一さんの書類送検された件について

「さらば財務省!」の著者である高橋洋一さんが窃盗容疑で書類送検されたとニュースでみて、残念な気持ちになりました。

報道以外で事実を確認する事はできていませんが、人間観察のために窃盗行為に及んだという事で、どうしてこういう事になるんでしょうね。

2009/03/24

なぜ西松建設が開発した献金システムの利用者全員が逮捕されないのか

いろいろ西松建設側からの情報はリークしていて献金システムについては詳細な情報がありますが、 検察は野党の秘書一人が積極的に献金システムを利用したのだと主張しようとしているようです。
しかし、まだそれを裏づける情報は伝わってきていません。

なぜ同じく恩恵を被っていた与党議員の関係者は逮捕されないのでしょうか。
当事者の与野党議員がそろって「詳細は知り得る事ではなかった」といっていて、現時点では「利益は受けたが、利用はしていなかった」という主張を崩す事ができるか微妙そうです。

西松建設の献金システムは確かに運用されてお金が渡っていたはずですが、西松建設側の主張のみが存在していて、現時点で与野党のどの議員も辞職していないところから、将来的に特捜部の信頼が揺らぐ事にならないか心配です。

2009/03/13

海賊対策に現状のままで大丈夫なのか

海上保安庁が海上自衛隊を率いてソマリア沖に来月上旬から向う事が決まりました。

法整備が終ってからの方が良いと思うのは、

  • 正当防衛と緊急避難のみが反撃の要件とされている点
があり、与党内でまとまりつつある新法の要件が合理的に思えるからです。

もし海賊が正面から向かってきた場合にギリギリまで引き付けて、相手の出方を見極めてからでないと対応できないとしたら、接近戦になった場合に相当な被害が双方に出るでしょう。

海賊とあからさまに分かるでしょうから早めに攻撃+救助(→逮捕)といった流れでないと、それなりの被害を覚悟する必要があるのではないでしょうか。
与党議員の言動をみていると「まさか自衛隊に向かってこないだろう」ぐらいに考えていそうで、ちょっと怖いです。

野党のいう事もなんだかなぁな感じで、まさかの国民新党と意見が近くみえるなんて、私的には世も末な気分です…。

2009/03/12

正のスパイラルを如何に作り出すのか

NHKの19路あらの夜のニュースの後の「クローズアップ現代」で、親の低所得などを背景として子供たちが医療機関にかかる事が難しくなっているという特集をやっていました。
子供たちが、たまたま自分の親の都合で、医療を受けられないなどの理不尽な状況に置かれている事に心が痛みます。
「勉強して偉くなる」という価値観ではもはやないのかもしれませんが、子供たちの可能性を周りの環境が抑えつけるべきではないし、親の所得なんかに関係なく教育も医療も十分受けられなければいけないと強く思います。

県レベルで中学生までの医療費を無料にした事例が紹介されていましたが、先行実施した前橋市の事例では重篤化する前に医療を施す事によって、トータルの医療費負担を下げる事ができるだろうという関係者のインタビューが紹介されています。

この番組でも強調されていましたが、これまで個人負担を引き上げる事で医療費の抑制を図ってきた事に対する反証として、積極的な医療によって医療費を抑制可能だとする例が紹介されていました。

これまでの日本が横並びの護送船団方式だったとして、その転換点が今だとすれば、社会的な弱者である子供たちや低所得層に対する手厚い保護を行なう事でバランスを取るべきでしょう。

その一方で保護を受ける事を当然の権利とは考えずに、それに頼らずにやっていけるところを目指そうとするモラル意識の高さも求められるのだろうと思います。
でもこういった保護を将来は受けずに自立するべきだという、誰もが反論しがたい理屈を背景にして、生活保護の受給を切ったりする役所、役場の窓口担当者は生活保護を受ける立場になって欲しい。あ、でも担当者と顔見知りだから、別に困らずちゃんと生活保護が受けとれるか…。
何にしても「目指そう」という意識と「目指さなければいけない」という意識は、後者が鬱屈した心持ちが背景にみえるところから、かなりの違いがあると思います。 立場が弱くなり折れてしまった心は時間をかけて癒す必要がありますが、わざわざ心を折るような施策や周囲の環境は排除しなければいけません。

保険料の自己負担が高くなる以前には、安易に医療を受ける事などが報道されていました。
いま救急車をタクシー代りに使おうとするような、これは本当に想像できないんですけれど、モラルの低さが目立っている点が気になります。
本来なら所得と関係なしにこういった行為を行なう人はいるはずですが、こういった子供たちや低所得者層への施策に対する抵抗力として利用されないか心配です。

今回のクローズアップ現代は、今後の政府の施策として医療費の無料化などを訴えていて、かなり踏み込んだ内容になっているところがみていておもしろかったです。
最近のNHKの番組のいくつかは、なかなか気にいっています。受信料も払っているし、頑張ってもらわないと。

2009/03/05

やたら流暢な英語が聞ける料理番組について

普通に英語をしゃべっているダニエル・カールさんがみれる「Your Japanese Kitchen」は、なかなかおもしろいと気がつき、英語の勉強がてらL37-HR01のHDDに記録してみています。[Your Japanese Kitchen@NHK]

ダニエルさんはWikipediaにも、普通に母国語の英語をしゃべるだけでおどろかれると書かれていますが、その通りですね。。[ダニエル・カール@Wikipedia]

"tbsp"って何の意味だろ、とかって調べたりして…。
会話の流れは自然だし、ちゃんと英語で成立しているし、学校で習わないようなタイプの英語がきけるので、しばらくはまりそうです。

2009/02/11

誰かに依頼されて書いているわけではないですが…
- Reference: http://googlejapan.blogspot.com/2009/02/google.html

Googleが自社のブログ内で、ガイドラインに抵触するマーケティング活動が行なわれている事を認めました。(参照先:Google Japan Blog: Google のマーケティング活動について

ちなみにCyberBuzz自体はブロガーに好意的な記事を書く事を強制してはいません。
公言している自分のルールを守れなかっただけで、法律に抵触したわけではありませんが、 インターネットと人力の貴重な資源を無駄な事に使っているなぁというのが率直な感想です。

友達なら言動が一致しないので不安になるところです。 でもどこぞの総理と比較すれば、それほど不安になる必要はないか…。
いずれにしても自分のルールを守れなかった点では僕のGoogleに対する好感度が下がったのは事実です。

この手法自体についても、 お金を持つ人達が世論を動かしているのが現実とはいえ、 それに躊躇せずに追従し、露骨に実行する様が透けてみえるようで嫌いです。
何にしても、こんな方法で広まったサービスが人々の役に立つのでしょうか。
実際は役に立つかもしれませんが、こんな方法でないと広まらないものは不要なのかもしれません。

詳しい解説はCNET Newsにあります。 Googleのサイトには経緯が書かれていないため、これを読まないと何の謝罪かわからないでしょう。

2009/01/16

「国民運動体」の設立について
- Reference: http://www.nasu-net.or.jp/~yoshimi/2009/090116kokumin.html

渡辺元行革大臣が「「国民運動体」の設立について」の中で、官僚支配からの脱却を中心に据えて支援を求めています。

将来の消費税率の引き上げも、直近の経済危機の解決に向けての行動も、官僚支配について議論しなければ進められるものではないのに、自民党も民主党も党全体としてはこの点について信頼する事ができません。

自民党は官僚との結びつきが強いですし、民主党は自治労を支援母体に持っています。

元派遣社員は25%という派遣村に国の施設を開放する時に、官僚は前例がない(空襲の時でさえ行なわれなかった事といったとか、何でそんな事を覚えているんだろう…)と反対したと報道されていました。
"派遣村"に対する対応として適切かどうかは関係なくて、何か判断する時に前例を常に気にすることで、時代の状況を背景に情報をぐるっと全部抱えた上で行なうべき、合理的な判断がぜんぜんできない体質である事を証明しています。
個人的には他に理由はあっただろうと。無ければ、なぜ反対するかな…。

この点にフォーカスした活動を行なうグループが生まれた事は、日本がまだ健全なところがあるという事を示していると思います。あまりにも小さくて、これからの活動を見守る必要があるグループですけれど。

2008/12/25

健康で文化的な最低限度って?

生活保護の老齢加算と母子加算が廃止されるという事で裁判所の初判断が示されてニュースになっています。「健康で文化的な最低限度の生活」に対する不当判決というけれど、そもそもあまり「文化的」な生活とは何かという事を考えずに自分の生活が文化的なのかどうか分っていないので、権利を主張する人の声を聞いても心には響いてきません。

母子(父子)家庭に対する手当が必要な状況は当然あるでしょう。けれど老齢と母子とで状況のいろいろ異なるものを一緒にして裁判をする事の意味はよくわかりません。僕がみた時に「それまで持っていたものを取り上げられた者のエゴではなくて、真剣な訴えなんです」という見方をできなくしている理由の一つだろうと感じています。

そもそもあればあっただけ助かる援助というものの加減を計る事はとても難しいのではないでしょうか。しかも法律では困窮の程度に応じて支給するという事になっていますし、一言で生活保護といってもレベルというか内容が8種類に分かれているとか、調べないとよくわからない事がいろいろあります。金額だけをみるとけっこう良い手当が支給されているように思えますし。認められないのが問題、という事なのでしょうか。

ニュースで原告の人がなにか言っていたけれど、ぜんぜん響いてこなかったなぁ。本当に必要な人達に必要な保護が与えられる状況が必要なのに、そういった事に対する見識は何も得られないニュースを少し残念に思いました。
行政の貸し剥がし的な言動や議員による口利き受給とか、いろいろ問題のある生活保護については、もうちょっと高いところから議論して欲しいなぁ…。

2008/11/04

ニコニコ小沢ライブで「片手落ち」が差別的発言といわれていた

ニコニコ動画で民主党小沢代表のライブ番組をやっていたのを聞いて、その録画動画をみてみた。内容はどうでもいいのですが、その中で「片手落ち」という言葉への反応が気になりました。
小沢代表の発言にあった「片手落ち」について自分が聞いた時の感覚からいっても差別的な意味合いはまったく感じられませんでしたし、経験からこの言葉自体にもそのような意味合いを持って使われている事はないと考えています。

すごーく難しい連想ゲームをやっていくと「手が落ちる」様を連想するのかもしれませんが、その論理で制限を加えていくのは、客観的な事実、道理に基づいて判断せずに世間体という仮想的な第三者の目を判断基準にしてきた日本の差別的な風潮そのもののように思えます。

もちろん不快な印象を受ける人がでるような発言は良くありませんが、現状でこの言葉を差別的と捉える人が少なくない事は事実のようです。
この言葉を差別的と考える人は、この単語に反応するような回路を持っているのだと思いますが、この言葉を差別的な意味合いで使う状況というのはイメージできないのではないでしょうか。差別的な言葉として現在避けられている言葉は、直接的に特定の障害を持った人を指す言葉や特定の状況をイメージさせるものだと感じています。

ただ差別的な言葉とされているものには、一般的な名詞にも拘わらず過去に差別的意図を強く持って使われた言葉である場合もあるので、「片手落ち」という言葉が特定の障害を持つ人を指す言葉として定着してしまえば、公で使うには不適切な言葉になるでしょう。そうならない事、そんな意図で発言する人が出てこない事を願っています。